NASDAQ市場への上場は、企業にとって大きなマイルストーンであると同時に、世界的に高い透明性とコンプライアンス基準への適応が求められる新たなスタートラインでもあります。
本稿では、多くの日本企業が目指すCapital Marketにおける実務的な「上場維持要件(Continued Listing Standards)」と、FPI(外国民間発行体)に適用される「コーポレートガバナンス」の概要について、近年の規制動向を踏まえて解説します。
1. 上場維持要件:数値基準と株価への意識
NASDAQの運用はルールベースで行われる傾向があり、数値基準への抵触は所定のプロセスに従って処理されます。特に実務上、留意すべき点として株価要件が挙げられます。
① 最低株価要件(Minimum Bid Price Requirement)の仕組み
NASDAQでは、取引終了時の「買い気配値(Closing Bid Price)」が30営業日連続で1.00ドル未満となった場合、欠格(Deficiency)とみなされ、NASDAQスタッフより通知が行われる規定となっています。
ここでは、単なる「終値(Last Sale Price)」ではなく、マーケットメーカーが提示する「買い」の意思表示(Bid)が基準となる点に注意が必要です。
② 回復プロセスと猶予期間
通知を受けた企業には、通常180日間の猶予期間(Compliance Period)が付与されます。一般的に、この期間中に「少なくとも10営業日連続」でClosing Bid Priceが1.00ドル以上を維持すれば、要件充足(Regained Compliance)とみなされます。
スタッフの裁量
ただし、株価回復の安定性を確認するため、状況によってはスタッフの判断により、10営業日を超える期間の維持が求められるケースもあります。
期間の延長
Capital Market上場企業の場合、最初の180日で回復できない場合でも、一定の条件(時価総額等の基準合致や、欠格解消に向けた計画の提示等)を満たせば、追加の180日が付与される可能性があります。
③ 株式併合(Reverse Stock Split)における留意点
株価を1ドル以上に戻すための手法として株式併合がありますが、近年NASDAQでは、短期間に複数回の併合を行っている場合や、比率が高い併合に対して、審査を慎重に行う傾向にあります。これらは投資家保護の観点から、上場維持の判断に影響を与える可能性があります。
2. コーポレートガバナンス:FPI(外国民間発行体)への適用
日本企業を含むForeign Private Issuer (FPI) には、米国内企業とは異なるルールが適用される場合があります。これらを適切に理解し、活用することが重要です。
① ホームカントリー・プラクティス(Home Country Practice)の特例
NASDAQルールにより、FPIは「自国の法律・慣行に従っている」ことを条件に、取締役の独立性要件や、報酬・指名委員会の設置義務など、一部のガバナンス要件について免除規定の適用を受けられる場合があります。
なお、この規定を適用する場合には、年次報告書(Form 20-F等)において「NASDAQ要件と自国の慣行との相違点」を説明するStatement of Differencesの開示が必要となります。
② 監査委員会に関する厳格な規定
一方で、SOX法(サーベンス・オクスリー法)に基づく監査委員会の独立性要件(Rule 5605(c)(3))については、FPIであっても原則として免除されません。
監査委員会(または日本の監査役会等)のメンバーには、独立性や財務の専門性要件を満たすことが求められており、体制整備における重要なポイントとなります。
3. 近年の動向:取締役会の多様性と資金調達
関連ルールやその解釈は、司法判断や規制当局の方針により変化する可能性があります。2024年から2025年にかけての主な動向は以下の通りです。
① 取締役会多様性ルール(Board Diversity)を巡る動向
2024年12月、米連邦高等裁判所(第5巡回区)において、SECによるNASDAQの「取締役会多様性ルール」の承認を取り消す(Vacated)判決が出されました。
これにより、法的義務としての側面は変化しましたが、主要な機関投資家は独自の議決権行使基準において多様性を重視する傾向にあります。そのため、ルール上の義務の有無にかかわらず、IR(インベスター・リレーションズ)の観点からは、引き続き多様性への配慮が重要であると考えられます。
② 資金調達における「20%ルール」
上場後の資金調達において、株主承認なしに発行済株式総数の20%以上となる新株発行(または議決権の希薄化)を行うことには、一定の制限が設けられています。特にディスカウント発行を伴う場合、この「20%ルール」が資金調達スキームの検討においてハードルとなる可能性があるため、事前の確認が推奨されます。
コンサルタントより:NASDAQ上場に向けた総合的な対応
NASDAQ市場は、成長企業の活力を重視する一方で、投資家保護のための透明性についても高い水準が求められます。
上場維持基準への対応やガバナンス体制の構築は、専門的な知見を要する分野です。
会計・法務・IRの専門家と連携し、常に最新のルールに基づいた経営判断を行うことが、米国市場での持続的な成長の鍵となります。
免責事項
※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の法律・会計・税務アドバイスを構成するものではありません。具体的な案件については、弊社のネットワークから専門家を紹介いたします。