TryHard Holdings にみる日本企業の NASDAQ 上場戦略

エンターテインメント × 観光 × ナイトタイムエコノミーの米国 IPO モデル

日本企業による米国 IPO では、IT やフィンテック、バイオテック等のテクノロジー系スタートアップが注目される一方、エンターテインメント・観光・ナイトタイムエコノミーといった「非テック業種」の上場事例は限定的です。

TryHard Holdings Limited(以下、TryHard)は、ナイトライフ事業・音楽フェス・観光施設・ホテル・インバウンドコンテンツ・アパレルを展開する、「エンターテインメント×観光×ナイトタイムエコノミー」の統合企業として、2025年8月28日に NASDAQ Capital Market への上場を完了しました。本記事では、同社の事業構造・IPO実績・米国上場の実務プロセスを詳細に読み解きます。

企業概要

会社名

TryHard Holdings Limited

ティッカー

THH

上場日

2025年8月28日

上場市場

NASDAQ Capital Market

業種

エンターテインメント・観光

上場スキーム

F-1(IPO)

IPO価格

$4.00

調達額

約6.1M USD

引受会社

US Tiger Securities

主要事業

ナイトライフ事業

東京・大阪・福岡・京都を中心に、クラブ・ラウンジ・バーを多店舗展開。週末は 1 店舗あたり数千人の集客実績。

音楽フェス・イベント運営

大規模音楽フェスティバルの企画・制作・運営。年間複数回のイベント実施、動員数数万人規模。

観光施設・ホテル運営

テーマパーク型観光施設、宿泊施設の運営。インバウンド観光客を主要ターゲットとした体験型コンテンツ。

インバウンドコンテンツ開発

訪日外国人向けの文化体験プログラム、ナイトツアー、エンターテインメント商品の企画販売。

アパレル・グッズ事業

自社ブランドのアパレル、イベントグッズ、コラボレーション商品の企画・製造・販売。

統合型ビジネスモデル:TryHard は、「ライブ × 観光 × 空間価値」を一体運営する統合型エンターテインメント企業です。単独の事業ではなく、ナイトライフ会場でのイベント開催→観光施設への送客→宿泊→アパレル販売という、クロスセル・アップセル構造を構築しています。

IPO 実績詳細

公開価格

$4.00/株

総調達額

$6.1M USD

発行株式数

1,525,000

取引開始日

2025/8/28

発行内訳

会社提出分

1,067,500株

売出株主分

457,500株

グリーンシューオプション

引受会社に対し、追加で最大228,750株45日間購入する権利を付与。市場需要が高い場合、最大約$6.91M USDまでの追加調達が可能。

引受会社

US Tiger Securities, Inc.が単独ブックランナーを務める責任引受方式で実施。

資金使途

  • 事業開発・マーケティング活動
  • 戦略的買収や合弁事業
  • 業務提携
  • 運転資金

1.米国 IPO 完了の概要と特異性

TryHard Holdings Limited は、2025年8月28日に NASDAQ Capital Market への上場を完了しました。ティッカーシンボル「THH」、公開価格$4.00で1,525,000株を発行し、約$6.1M USD(引受手数料等控除前)を調達。US Tiger Securities, Inc.が単独ブックランナーを務めました。同社の米国 IPO には、以下の 3 つの特異性があります。

非テクノロジー企業の米国 IPO

日本企業の米国 IPO は、IT・SaaS・バイオテック等のハイテク企業が中心です。一方、TryHard は「エンターテインメント × 観光」という物理的な空間・体験価値を提供するビジネスモデルであり、ソフトウェアやプラットフォームを主軸としない点で稀有な事例です。

ナイトタイムエコノミーの米国資本市場評価

クラブ・バー・ラウンジといったナイトライフ事業は、日本国内では成熟市場と見なされがちですが、米国投資家にとっては「アジアのナイトタイムエコノミー」「インバウンド需要の受け皿」として評価される可能性があります。実際、米国市場では Live Nation Entertainment(ライブ・イベント運営)、MGM Resorts(カジノ・ホテル・エンターテインメント)といった空間型エンターテインメント企業が高い評価を受けています。

統合型ビジネスモデルによる収益多角化

TryHard は単一事業ではなく、ナイトライフ・音楽フェス・観光施設・ホテル・インバウンドコンテンツ・アパレルを統合運営しており、複数の収益源を持つ多角化戦略を取っています。これは、米国投資家が重視する「事業ポートフォリオの分散」「リスク低減」という観点で評価される可能性があります。

🔍 重要ポイント

TryHard の事例は、「米国 IPO = テクノロジー企業」という固定観念を覆す可能性を示しています。エンターテインメント・観光・サービス業であっても、適切なストーリー設計と開示体制があれば、米国資本市場へのアクセスは可能です。

2.Form F-1 提出と米国 IPO の実務プロセス

TryHard Holdings Limited は、NASDAQ 上場を目指し、Form F-1(外国企業用登録届出書)を SEC に提出しました。Form F-1 の提出から上場までの実務プロセスは、以下の段階を踏みます。

Form F-1 提出から上場までのフロー

1

Form F-1 提出(Initial Filing)

SEC に対して、Form F-1(登録届出書)を提出します。F-1 には以下の内容が含まれます:

  • 事業内容の詳細記述(Business Description)
  • リスクファクター(Risk Factors)- 事業リスク、規制リスク、市場リスク等
  • US GAAP 準拠の財務諸表(3期分以上)
  • 監査報告書(PCAOB 登録監査法人による監査)
  • ガバナンス体制(取締役会構成、監査委員会、報酬委員会等)
  • 資金使途(Use of Proceeds)
  • 株式公開の条件(公募株数、想定価格レンジ等)
2

SEC コメント対応(Comment Process)

SEC は F-1 を審査し、コメントレター(Comment Letter)を発行します。コメントには、開示内容の不明瞭箇所、リスク記述の不足、財務諸表の修正要求等が含まれます。企業側は、コメントに対して回答(Response Letter)を提出し、必要に応じて F-1 を修正(Amendment)します。このプロセスは通常 1〜3 回繰り返されます。

3

F-1 有効化(Effectiveness)

SEC がコメント対応を承認すると、F-1 が「有効(Effective)」となります。有効化後、企業は正式に株式を公開できる状態になります。

4

IPO 価格決定とアンダーライター合意

F-1 有効化後、企業とアンダーライター(引受証券会社)は、IPO 価格を最終決定します。ロードショー(投資家向けプレゼンテーション)を通じて、投資家の需要を確認し、適正価格を設定します。

5

NASDAQ 上場(Listing)

IPO 価格が決定され、アンダーライターとの引受契約が締結されると、NASDAQ 市場で取引が開始されます。企業は、取引初日から継続的な開示義務(Form 6-K 提出等)を負います。

⚠️ 実務上の留意点

Form F-1 の提出から上場までの期間は、通常 6〜12 ヶ月程度かかります。SEC コメント対応の速度、監査法人の対応能力、市場環境(IPO ウィンドウの開閉)によって、期間は大きく変動します。TryHard のような非テック企業の場合、米国投資家への説得力ある事業説明が、SEC コメント対応の鍵となります。

3.なぜ NASDAQ を選択したのか — 戦略的意義

TryHard Holdings Limited が、日本国内ではなくNASDAQ への上場を選択した背景には、以下の 4 つの戦略的意義があります。

(1) 米国資本市場からの資金調達

日本のエンターテインメント・観光業は、国内市場では「成熟産業」と見なされることが多く、高い成長期待が得られにくい状況にあります。一方、米国市場では、Live Nation Entertainment(時価総額 $20B 超)、Spotify(時価総額 $60B 超)といったエンターテインメント企業が高評価を受けています。TryHard は、米国投資家の「グローバルエンターテインメント市場への成長期待」を活用し、資金調達を実現する戦略を取っています。

(2) インバウンド市場へのブランド訴求

TryHard の主要顧客には、訪日外国人観光客(インバウンド)が含まれます。NASDAQ 上場により、「米国市場で評価された日本のエンターテインメント企業」という信頼性を獲得でき、インバウンド顧客へのブランド訴求力が向上します。特に、欧米圏の観光客に対して、「NASDAQ 上場企業が運営するナイトライフ施設」というブランド価値は、集客力の向上に直結します。

(3) 海外パートナーシップの構築

NASDAQ 上場により、TryHard は海外のエンターテインメント企業、イベント運営会社、観光事業者との提携が容易になります。米国上場企業という地位は、契約交渉・提携協議における信頼性を大幅に向上させます。特に、Live Nation、AEG(世界最大級のイベント運営会社)といった米国企業との提携可能性が広がります。

(4) グローバル人材の採用力強化

エンターテインメント・観光業は、クリエイティブ人材・イベントプロデューサー・マーケティング人材の確保が競争力の鍵です。NASDAQ 上場により、ストックオプション等のインセンティブ設計が可能となり、グローバル人材の採用力が向上します。特に、米国・欧州のイベント業界で活躍する人材を引き付ける効果が期待できます。

🎯 戦略的ポイント

TryHard の NASDAQ 上場戦略は、「日本国内市場の限界を超え、グローバル市場で成長資金を調達する」という明確な意図を持っています。これは、日本のエンターテインメント・観光業界にとって、新たな成長モデルとなる可能性があります。

4.日本企業が学ぶべき成功条件 — TryHard の事例から

TryHard Holdings Limited の NASDAQ 上場申請から、日本企業が米国 IPO を成功させるための3 つの重要な条件を読み解くことができます。

米国 IPO 成功のための 3 つの条件

1

非テック企業でも米国 IPO は可能

従来、日本企業の米国 IPO は「IT・SaaS・バイオテック等のハイテク企業が中心」とされてきました。しかし、TryHard の事例は、エンターテインメント・観光・サービス業であっても、適切なストーリー設計と開示体制があれば、米国資本市場へのアクセスは可能であることを示しています。

✓ 重要な視点

米国投資家は、「テクノロジー」そのものではなく、「成長性」「市場規模」「収益構造」を評価します。TryHard のような統合型エンターテインメント企業は、複数収益源による安定性インバウンド市場の成長性をアピールすることで、評価を獲得できる可能性があります。

2

ガバナンス体制の早期整備が必須

NASDAQ 上場企業は、独立取締役の設置、監査委員会・報酬委員会の構成、内部統制の整備等、厳格なガバナンス基準を満たす必要があります。TryHard のような日本企業が米国 IPO を目指す場合、F-1 提出の 1〜2 年前から、ガバナンス体制の構築を開始する必要があります。

✓ 実務上の対応

  • 独立取締役の招聘(米国証券法・会計基準に精通した人材)
  • 監査委員会の設置(独立取締役が過半数を占める必要)
  • 内部統制報告制度の整備(SOX 法対応)
  • PCAOB 登録監査法人による監査開始(3 期分の財務諸表が必要)
3

米国投資家向けの IR 戦略が成否を分ける

Form F-1 の内容は、米国投資家に対する「最初のプレゼンテーション資料」です。TryHard のような非テック企業の場合、「なぜ日本のエンターテインメント企業に投資すべきなのか」を明確に説明する必要があります。

✓ IR 戦略のポイント

  • 市場規模の明確化:日本のナイトタイムエコノミー市場、インバウンド市場の規模を数値で示す
  • 競合優位性の説明:統合型ビジネスモデル、クロスセル構造の優位性を具体的に記述
  • 成長戦略の提示:調達資金を活用した新規出店計画、M&A 戦略を明示
  • リスク開示の徹底:規制リスク、市場リスク、事業リスクを包括的に開示

⚠️ 留意すべきリスク

米国 IPO は、高い開示コスト(年間数億円規模)継続的なガバナンス負担を伴います。TryHard のような日本企業が上場を成功させるには、上場後の維持コストを上回る成長戦略が不可欠です。また、米国市場での株価低迷リスク、上場廃止リスク(Pixie Dust Technologies の事例参照)も考慮する必要があります。

5.まとめ — エンターテインメント産業 × 米国 IPO の新モデルケース

TryHard Holdings Limited の NASDAQ 上場申請は、日本のエンターテインメント・観光業界にとって、新たな成長モデルを提示しています。同社の事例から、以下の 4 つの重要な示唆が得られます。

① 非テック企業でも米国 IPO は選択肢

米国 IPO は、IT・SaaS・バイオテック企業だけの特権ではありません。エンターテインメント・観光・サービス業であっても、適切な戦略設計と開示体制があれば、米国資本市場へのアクセスは可能です。

② 統合型ビジネスモデルの評価可能性

TryHard のような複数事業を統合運営する企業は、収益源の多角化・リスク分散・クロスセル構造という観点で、米国投資家から評価される可能性があります。

③ ガバナンス体制の早期構築が必須

NASDAQ 上場には、独立取締役、監査委員会、内部統制の整備が不可欠です。日本企業は、F-1 提出の 1〜2 年前からガバナンス体制の構築を開始する必要があります。

④ 米国投資家向け IR 戦略が成否を分ける

Form F-1 は、米国投資家に対する「最初のプレゼンテーション資料」です。市場規模、競合優位性、成長戦略を明確に説明し、「なぜ投資すべきか」を納得させる必要があります。

TryHard Holdings の示す新たな可能性

TryHard Holdings Limited の NASDAQ 上場申請は、日本のエンターテインメント・観光業界が、グローバル資本市場で成長資金を調達できる可能性を示しています。今後、同社の上場プロセスがどのように進展するかは、日本企業にとって重要な参考事例となるでしょう。

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