法務・ガバナンス担当の皆様、そして経営者の皆様へ
S-1とF-1の選択は、単なる申請フォームの違いにとどまりません。これは、上場後の市場評価、ガバナンス体制、そして組織の未来像に関わる重要な経営判断です。本記事では、法的な手続き論を超えて、「コスト」と「人的資源(ヒト)」の観点から、それぞれのスキームが持つ戦略的な意味合いを整理します。
S-1(米国内発行体扱い)とF-1(外国民間発行体扱い)の選択は、貴社が今後向き合うべき課題の構造を決定づけるものです。
1 「説明コスト」とバリュエーションの関係性
S-1を選択することは、投資家に対して「米国企業と同じ基準で運営している」という明確なメッセージとなります。共通のルールで比較可能になるため、投資家はガバナンスの差異よりも「事業そのもの」の評価に集中しやすくなります。これにより、適正なプレミアム評価を得られる可能性が高まると考えられます。
一方でF-1を選択した場合、「日本基準のガバナンス」を維持できるメリットがある反面、考慮すべき点も生じます。海外投資家から「なぜ監査役制度なのか」「社外取締役の比率は妥当か」といった点について関心を持たれることがあり、CFOやIRチームには、こうした疑問に対して丁寧な説明を継続することが求められます。
バリュエーションへの影響について
制度の違いによる不透明さが残る場合、投資家心理として一定のディスカウント(割引評価)が働く可能性も否定できません。F-1を選択する際は、「日本的な体制を維持するメリット」が、「説明コストや評価への影響」を上回ると判断できるかが鍵となります。
📊 S-1 vs F-1:投資家心理と期待値の比較
S-1(米国基準への準拠)
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投資家の視点:
米国基準という共通言語により、ガバナンスリスクよりも事業リスクや成長性の精査に集中しやすい環境となります。 -
期待される効果:
透明性の高さが好感され、株価形成においてプラスに働く余地があります。 -
CFOの役割:
ガバナンスの説明に費やす時間を、米国投資家向けの成長ストーリー(エクイティ・ストーリー)の発信に充てやすくなります。
F-1(日本基準の維持・活用)
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投資家の視点:
「日本固有のガバナンス構造において、リスク管理は十分か」という点に関心が向くことがあります。 -
留意すべき点:
説明が不十分な場合、構造的な複雑さから慎重な評価(ディスカウント)を受けるリスクも想定されます。 -
CFOの役割:
監査役制度の機能や社外取締役の構成など、ガバナンスの正当性について継続的かつ丁寧な説明が求められます。
経営判断のポイント
F-1における日本基準の維持は、導入時の負担を軽減できる一方で、投資家への「説明コスト」という継続的な対応が必要になる側面があります。このバランスをどう評価するかが重要です。
2 「誰とバスに乗るか」— 人材戦略としてのS-1とF-1
S-1への移行を検討する際、法律上の要件以上にハードルとなり得るのは「人材」の確保です。
具体的には、Nasdaq上場規則5600番台が求める「取締役の過半数が独立社外取締役であること」に加え、英語での議論が可能で、SEC規制・SOX法に精通し、かつ経営監督能力を持つ人材を複数名確保する必要があります。
人材確保の現状と課題
これらの条件をすべて満たす国内人材は非常に限られているのが現状です。また、外国人取締役を招聘する場合、ボード運営の言語や文化的な調整など、運営難易度が上がることも予想されます。
S-1を選択するための投資は、書類作成費用だけでなく、グローバル基準のボードメンバーの招聘・育成コストも含めて考える必要があります。
S-1 vs F-1:ボードメンバー要件の比較
S-1を選択する場合
求められる基準:
- Nasdaq上場規則5600番台への準拠(取締役の過半数が独立社外取締役、厳格な委員会構成など)。
人材要件:
- 英語での議論、SEC規制・SOX法への理解が求められます。
課題:
- 適切な候補者の選定が難しく、ボードの国際化に伴う運営コストも考慮が必要です。
F-1を選択する場合
柔軟性:
- Home Country Practice(本国慣行の適用)により、Nasdaq上場規則5600番台の一部免除が可能です。
メリット:
- 既存の経営陣や監査役制度をベースに上場が可能で、日本語でのボード運営も維持できます。
留意点:
将来的に完全なグローバル基準へ移行する際、上場後に組織再編を行うコストが発生する可能性があります。
「誰とバスに乗るか」
F-1: 現在のチーム体制を最大限活かして挑戦する選択。
S-1: 上場を機に、チームをグローバル仕様に再編成する選択。
どちらが良い悪いではなく、貴社の組織戦略に合ったスキームを選ぶことが肝要です。
3 経営判断のための3つの視点
NASDAQ上場スキームの選択は、単なる手続き論ではなく、貴社の将来像を決定づける戦略的意思決定と言えます。
最終決定に向けて、以下の3つの視点について経営チームで議論を深めてみてはいかがでしょうか。
Q1 目指す企業像は「グローバル展開する日本企業」か、「米国発のグローバル企業」か?
前者のスタンスであればF-1が馴染みやすく、後者のように米国市場への完全な同化を目指すのであればS-1が整合的です。
Q2 「継続的な説明コスト」と「初期の組織再編コスト」、どちらを許容するか?
F-1の場合:
上場後も投資家に対して「なぜ日本基準なのか」を説明し続けるリソースが必要です(長期的・継続的な対応)。
S-1の場合:
上場前に組織を再編する大きな負荷がかかりますが、上場後の説明負担は軽減されます(短期的・集中的な対応)。
Q3 日米のガバナンス要件を調整できる体制はあるか?
F-1であっても、SOX法(301条等)への対応は必須であり、監査委員会(Audit Committee)の機能は求められます。
日本の監査役制度と米国の監査委員会要件、この双方を実務レベルで調整・運用できるCFOや管理部門の体制が整っているかどうかも、F-1を成功させる重要な要素です。
まとめ
S-1とF-1の選択には、それぞれのメリットと留意点があります。
短期的な上場コストだけでなく、中長期的な企業価値向上や、「どのような組織を作っていきたいか」というビジョンに照らし合わせ、最適なスキームをご検討ください。
実務的な詳細をさらに深く理解したい方へ
S-1とF-1の選択が「株価」と「組織」に与える影響を理解したら、次は具体的な機関設計(ガバナンス体制)の違いを確認しておきましょう。
以下の記事では、S-1とF-1それぞれの組織図の違い、必須となる委員会構成、株主総会の要件など、上場後の運用に直結する実務的な内容を詳しく解説しています。
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