日本企業がNASDAQなどの米国市場に上場する際、「どの法的スキーム(箱)で上場するか」が最初の、そして最大の戦略的決断となります。
これを誤ると、上場後のガバナンス維持が困難になるだけでなく、税務や開示体制において後戻りできないコストが発生します。
本ページでは、日本企業が選択しうる3つの代表的なスキームについて、その仕組みとメリット・デメリットを整理して解説します。
1 日本法人 スキーム【F-1 ADR】
現在最も多くの日本企業に選ばれている、スタンダードな手法です。日本の信託銀行等に株式を預託し、その裏付けとして米国で発行される「ADR(米国預託証券)」を上場させます。
💡 こんな企業に向いています
- 日本の会社法ベースのガバナンスを維持したまま上場したい。
- 既存株主への税務インパクト(課税)を回避したい。
- 米国投資家が購入しやすい「ドル建て」での流動性を確保したい。
✅ メリット
FPI(外国企業)の有効活用
四半期開示(10-Q)義務なし。また、年間売上12.35億ドル未満を対象とするEGC(成長企業)枠を活用することで、SOX法404(b)項(監査法人による内部統制監査)の適用が最大5年間免除される。
投資家利便性
米国決済システム(DTC)に完全対応しており、現地投資家が手軽に売買可能。
デュアル上場の可能性
ADRスキームを活用することで、米国市場(NASDAQ)と日本市場(東京証券取引所等)の両方での上場が可能。日本法人格を維持しながら、米国でドル建て流動性を確保し、日本では円建ての株式市場アクセスも実現できる。グローバルな投資家基盤の拡大と資金調達の多様化を同時に達成できる点が大きな利点。
⚠️ デメリット
二重管理
日米両方の規制対応が必要(ただし、後述の米国法人化よりは軽微)。
FPI判定
形式的に日本法人であれば良いわけではなく、実質的な株主構成(米国居住者が50%未満か等)によって毎年判定される点に留意が必要。
預託銀行の選択肢
預託銀行がThe Bank of New York MellonとCitibankに限られています。
2 日本法人(普通株)スキーム【F-1 普通株】
ADR化を行わず、日本の「普通株」を直接米国市場へ登録する手法です。
💡 こんな企業に向いています
- カナダやイスラエルのように、本国の決済システムが米国と接続している企業(※日本企業には当てはまりにくい)。
- 何らかの特殊事情で、ADRの手数料コストをどうしても回避したい企業。
✅ メリット
FPI特権の享受
ADR同様、日本法人のまま外国企業の特例(監査・開示の緩和)を受けられる。
直接保有
預託銀行を介さないため、中間コストが発生しない。
⚠️ デメリット
決済インフラの断絶
日本の保管振替機構(JASDEC)と米国の決済機関(DTC)の間に完全な相互運用性がないため、株式を電子的に決済するスキームの構築が困難。
投資家離れ
「円建て・単元株」での取引となる場合、米国機関投資家から敬遠されるリスクが高い。
外為法の抵触
外為法に抵触する企業は普通株上場がほぼ不可能に近いです。
3 米国法人(フリップ)スキーム【S-1 米国法人】
米国(デラウェア州など)に親会社を新設し、日本企業をその子会社とすることで、完全な「米国企業」として上場する手法です。
💡 こんな企業に向いています
- ビジネスの主戦場が完全に米国であり、日本は支店・開発拠点に過ぎない。
- 創業初期(株価が低い段階)であり、税務上の不利益が許容できる。
- 米国のVCから、米国法人であることを強く求められている。
✅ メリット
完全な現地化
米国投資家にとって最も馴染みのある「内国法人」として扱われる。
ガバナンス例外(Controlled Company)
創業家等が議決権の50%超を保有する場合、指名・報酬委員会の独立性要件などが免除される例外規定を活用できる(※監査委員会を除く)。
⚠️ デメリット
Exit Tax(税務)
組織再編時に、創業者の株式含み益に対して即座に課税(みなし譲渡)されるリスクが極めて高い。
重い維持コスト
米国企業として扱われるため、上場直後から「四半期開示(45日以内)」「独立取締役過半数」「SOX法(監査含む)」の完全義務化が発生する。
専門用語解説:外国民間発行体(FPI)とは?
スキーム1・2(日本法人)を選択し一定の要件を満たすと、「Foreign Private Issuer(FPI)」として、母国の法律・商慣習を尊重する観点から米国規制の多くが免除されます。
このステータスは恒久的なものではなく、年に1回、第2四半期の末日(3月決算なら9月30日)に再判定されます。その際、「米国居住者の議決権保有比率が50%未満」であれば問題ありませんが、仮にこの比率を超えていても、「役員・資産・拠点の過半が日本(米国外)にあること」を満たしていればステータスは維持されます。
したがって、日本に本社や役員を置く日本企業であれば、仮に将来的に米国株主が50%を超えたとしても、実質的に後者のビジネス要件によってFPIステータス(優遇措置)は維持される仕組みとなっています。
専門家の視点:S-1とF-1、その選択の本質とは?
スキーム選択は、単なる「法人の箱」の違いではありません。S-1を選ぶかF-1を選ぶかは、社長の権限や組織のあり方を根本から変える「経営思想」の選択です。
F-1における「日本基準の維持」は、一見楽に見えますが、投資家への「説明コスト」という見えない負債を抱えることでもあります。
まとめ
NASDAQ上場における法的スキームの選択は、上場後の規制対応・税務・ガバナンスのすべてを決定づける「出発点」です。
一度決めたスキームを後から変更することは、技術的には可能でも、実務上は膨大なコストと時間を要します。