Securities Act of 1933と開示主義
NASDAQへの上場準備で最初に誤解されやすいのは、「英語力」でも「米国ビジネス慣習」への適応でもありません。最大の壁は、米国資本市場を支える根本思想――すなわち 1933年証券法(Securities Act of 1933) の「開示主義」を正しく理解していないことです。
本稿では、この法律が日本企業の実務にどのように影響し、なぜ"上場準備のすべてを支配する法律"と呼ばれるのか、その核心を解説します。
1 「実体審査」から「開示主義」へ:米国市場の哲学
1933年法の最大の特徴は、SEC(米国証券取引委員会)が証券発行において「そのビジネスが良いものか、儲かるものか」を審査しない点にあります。これを「開示主義(Disclosure Philosophy)」と呼びます。
以前の考え方(Caveat Emptor)
「買い手よ、警戒せよ」。詐欺を見抜くのは投資家の自己責任でした。
1933年法の考え方
「太陽の光は最良の殺菌剤である(Sunlight is the best disinfectant)」。
これは後の連邦最高裁判事ルイス・ブランダイスの有名な言葉です。たとえリスクの高い事業であっても、そのリスクが包み隠さず正確に開示されていれば、市場での資金調達を許可するというスタンスです。
SECは皆様のビジネスモデルの良し悪しを審査するのではなく、「投資判断に必要なネガティブな情報まで含めて、すべてさらけ出しているか」を徹底的に審査しているのです。
2 IPOプロセスにおける最大の落とし穴:「ガン・ジャンピング」
1933年法の「セクション5(Section 5)」は、IPOのタイムラインを厳格に管理しています。この条項は(a)未登録オファーの禁止、(b)未登録販売の禁止、(c)販売に向けた勧誘の禁止という3つの柱で構成されており、ここでの失敗は上場延期に直結します。
プレ・ファイリング期間(届出書提出前)
この期間に、具体的な上場予定や自社の株価に影響を与えるような宣伝を行うことは、「ガン・ジャンピング(Gun Jumping:フライング行為)」として厳しく禁止されています。
日本企業への注意点
日本の経営者が悪気なく行ったメディアインタビューや、SNSでの発言が「違法な勧誘」とみなされるリスクがあります。上場準備に入った段階で、情報発信の管理(Quiet Periodの遵守)は必須となります。
3 経営陣を震え上がらせる「セクション11」の厳格責任
なぜ、米国IPOの準備には膨大な弁護士費用と、緻密なデューデリジェンス(DD)が必要なのでしょうか。その答えは1933年法の「セクション11(Section 11)」にあります。
この条項は、目論見書(Prospectus)に虚偽記載や重要な事実の欠落があった場合、発行体(企業)および署名した取締役に対し、極めて重い「厳格責任(Strict Liability)」を課しています。
主要なリスク
- 過失の有無を問わない 企業側は「知らなかった」「悪意はなかった」という抗弁ができません。
- Section 12(a)(2)のリスク 目論見書だけでなく、ロードショーでの口頭説明やマーケティング資料に誤解を招く表現があった場合、Section 12(a)(2)に基づく民事責任も問われます。
- 唯一の防衛策「デューデリジェンス」 引受証券会社や取締役が責任を免れる唯一の方法は、「合理的な調査(Reasonable Investigation)」を尽くしたと証明することです。
私たちコンサルタントや弁護士が行う徹底的なDDは、単なる事務作業ではなく、将来のクラスアクション(集団訴訟)から企業と経営陣を守るための「盾」を構築するプロセスなのです。
4 グローバルオファリングと「例外」の活用(Reg S / Reg D)
すべての場合において厳格な登録手続き(S-1フォームの提出など)を求めていては、機動的な資金調達は不可能です。日本企業にとって特に重要なのが、法の適用除外(Exemptions)規定です。
Regulation S(国外免除)
米国「外」の投資家に対する販売に関するルールです。日本企業のグローバルIPOにおいて、日本国内での販売分については、多くの場合このReg Sの「Category 3」に該当するものとして整理され、米国人への再販売制限(Distribution Compliance Period)などが適用されます。
Regulation D(私募免除)
米国の適格機関投資家(Accredited Investors)のみを対象とする場合などの免除規定。プレIPOラウンドでの資金調達などで頻繁に利用されます。
結論 規制を「ブレーキ」ではなく「ガードレール」と捉える
1933年証券法は、一見すると厳格な規制の塊に見えます。しかし、その本質は「透明性を確保することで、世界中の投資家が安心してリスクマネーを投じられる環境を作る」ことにあります。
この法律を深く理解し、適切な開示体制を構築することは、単なるコンプライアンス対応ではありません。それは、貴社が世界基準の企業ガバナンスを備えていることを証明し、NASDAQという世界最大の資本市場からの信頼を勝ち取るための第一歩なのです。
免責事項
本記事は情報提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。証券法の適用や具体的な法務判断については、必ず米国弁護士等の専門家にご相談ください。
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