はじめに
2025年、アメリカ合衆国では政治と経済の両面で歴史的な節目を迎えました。第47代大統領としてドナルド・トランプ氏が返り咲いたことにより、米国の外交・通商政策はわずか数ヶ月で大きく方向転換しています。その最たる象徴が、「関税政策の再強化」であり、自由貿易を前提に成り立ってきた国際経済の枠組みに再び緊張をもたらしています。
トランプ氏は、過去の政権でも「アメリカ第一主義 (America First)」を掲げ、同盟国を含む幅広い国々との貿易関係に圧力をかけてきました。今回の復帰に際してもそのスタンスは一貫しており、特に中国との対立は貿易・安全保障・技術供与といった複数の側面から再燃しています。世界各国は、米国の姿勢の変化を注視しつつ、自国経済への波及を最小限に抑えようと慎重に対応を進めています。
こうした中で、最も影響を受けているのは、米国内の市場、企業、そして一般消費者です。本記事では、トランプ政権が再び導入した関税政策の内容を確認した上で、それが米国経済にどのような波紋を広げているのかを解説していきます。
*本記事は05/15/2025現在の情報を元に作成したものです。
保護主義の復活ー政権復帰直後の関税強化
トランプ大統領が再びホワイトハウスに戻ってから最初に打ち出した大型政策のひとつが、包括的な関税引き上げ措置でした。2025年4月2日、「米国経済の解放の日 (Freedom Day)」と銘打たれた声明のもと、米国政府はすべての輸入品に対して一律10%の関税を課す新方針を正式に発表しました。この決定は、世界貿易機関(WTO)の原則や各国との自由貿易協定の枠組みを一時的に棚上げにするほど、強いインパクトを持つ内容でした。
対象国は、メキシコ、カナダ、EU、ASEAN諸国など57カ国に及び、関税は物品を問わず全面的に適用されます。特にエネルギー資源への課税は、これまでの政権でも慎重に扱われてきた分野でした。原油や天然ガスといった国家安全保障に関わる輸入品に対しても10%の関税が課されることで、国内のエネルギー価格上昇が懸念され、市場に強い不安をもたらしました。
この政策の目的は、国内製造業の保護、対外貿易赤字の是正、そしてサプライチェーンの米国内回帰を促進することにあります。一方で、関税引き上げは輸入コストの増加を招き、それが結果的に消費者物価の上昇や中小企業の収益悪化につながるリスクも孕んでいます。トランプ氏は「米国民のための経済安全保障」という言葉で政策を正当化していますが、国内外からは懸念の声が相次いでいます。
中国に対する追加関税とその波紋
トランプ政権の関税政策の中でも、最も象徴的かつ衝撃的なものが中国に対する措置です。前政権時代から続く米中貿易戦争の再燃とも言える形で、2025年には中国からの輸入品に対して追加的な大幅関税が課されました。対象品目には、米国経済にとって不可欠でありながら、中国からの輸入に大きく依存している半導体、レアアース、医療機器、電気部品などが含まれています。
具体的には、既存の25~30%の関税に加え、さらに最大で30%の関税を上乗せすることで、品目によっては合計60%以上の税負担がかかることになります。これは事実上の輸入制限措置とも受け取れる内容であり、中国側も強く反発しています。
こうした関税措置の影響は、単に米中間の貿易量にとどまらず、グローバルサプライチェーン全体に及ぶ構造的な変化を引き起こす可能性があります。米国内では、製造業を中心に中国産の部材や素材に依存する企業が多く、関税増加によってコスト構造が大きく変わるだけでなく、調達の再構築やリスク管理コストの増加にも直面しています。
また、米国の平均関税率は2025年時点で17.8%と、1909年以来の最高水準に達しました。この数値は、自由貿易を重視する先進国の中では異例の高さであり、アメリカが事実上、かつての自由貿易体制から距離を置き、内向きな経済運営に舵を切ったことを意味しています。
株式市場の急落と投資家心理の冷え込み
関税政策の発表を受けて最初に強く反応したのが株式市場でした。2025年4月初旬、トランプ政権による一連の関税措置が明らかになると、米国の主要株価指数は軒並み急落しました。S&P500は発表直後の1週間で7.4%の下落を記録し、時価総額にして約6兆ドルが失われたと推計されています。
市場がここまで強く反応した背景には、今回の政策が単なる一時的な調整措置ではなく、長期的な構造改革を意図したものであるという認識が広まったことがあります。特にテクノロジーセクターや消費財、物流といった対外依存度の高い産業は、大きな影響を受けました。半導体業界では、主要な部品の調達先として中国を利用している企業が多く、コストの増加に対する懸念が一気に表面化しました。
さらに、VIX指数(通称「恐怖指数」)は一時的に38.7まで上昇し、これは通常の安定水準(20以下)と比較しても極めて高い数値です。この急騰は、投資家心理の不安定さを如実に表すものであり、マーケット全体が政治リスクと経済リスクをどれほど深刻に受け止めているかを象徴しています。
中小企業と雇用への深刻な影響
株式市場の混乱はメディアでも大きく報道されましたが、より長期的で深刻な問題は、リアルな経済現場において中小企業や雇用に直接的な影響が及んでいる点です。アメリカ中小企業庁(SBA)の統計によると、2025年4月時点での企業倒産件数は前年同月比で7.38%増加しました。とりわけ影響を受けたのは、製造業を中心に中国との取引関係が深い中小企業です。
これらの企業は、主要部品や原材料の輸入コストが急騰したにも関わらず、大企業のように価格転嫁ができず、利益率が急激に悪化しました。その結果、資金繰りが悪化し、人員削減や事業縮小といった対応が迫られる企業が相次ぎました。実際に、この数ヶ月間で約31万人規模の雇用が失われたとされており、地域経済にも悪影響を与えています。
また、関税政策は物流やサプライチェーン全体の再構築を必要とするため、これまで築かれてきたビジネスモデルの見直しを余儀なくされるケースも増えています。これは単なる一過性のショックではなく、中小企業にとっては生き残りをかけた構造転換を意味しています。
消費者の購買行動の変化
関税政策の影響は企業だけでなく、消費者の購買行動にも大きな変化をもたらしています。これまで急成長を遂げてきた中国系のECサイト、たとえばTemuやSheinといった格安プラットフォームは、米国への関税引き上げにより商品の価格競争力を失い、多くの消費者が離れていく結果となりました。
ニューヨーク・ポスト紙によると、こうした越境ECサイトの訪問者数は前年比で25%以上減少しており、代わってWalmartやTargetといった米国内の量販店の売り上げが顕著に増加しています。また、リサイクルショップやアウトレットモールの利用も増えており、消費者の間に節約志向が広がっている様子が伺えます。
実際に、アパレルや日用品を中心に、輸入品の価格は20~40%上昇したとの報告もあり、家計に直接響く形で影響が及んでいます。物価の上昇は、金利や賃金といったマクロ経済変数にも波及するため、今後のインフレ動向にも注意が必要です。
米中合意による一時的な緩和
2025年5月12日、米中両国は高まる経済緊張を緩和するべく、90日間の関税緩和合意に達しました。この合意により、中国製品の一部に対して課されていた高関税が一時的に30%まで引き下げられ、特に医薬品原材料やレアアースといった戦略的物資は関税の適用外となりました。
この発表を受けて、株式市場は久々に上昇に転じ、Nasdaqは3.1%、S&P500は2.8%の反発を見せました。とはいえ、この合意はあくまで一時的なものであり、90日後には再び関税が全面的に復活する可能性があります。
したがって、企業の経営判断においても長期的な不透明感は依然として強く、投資家の楽観は限定的なものにとどまっています。
経済成長・インフレ・政策金利への影響
こうした関税政策は、米国経済全体の成長見通しにも明確な影響を与えています。大手エコノミストの試算によれば、2025年通年のGDP成長率は、当初の予測値である1.8%から0.7ポイント下方修正され、1.1%にとどまる見通しとなっています。これは、関税によるコスト上昇と、それに伴う企業活動の停滞が成長を抑制しているためです。
また、輸入価格の上昇は消費者物価指数(CPI)にも影響を与えており、インフレ率は4.5%前後まで上昇しています。FRB(連邦準備制度理事会)はこの状況に頭を悩ませており、景気を下支えするための利下げ圧力と、インフレを抑えるための引き締め方針の間で難しい判断を迫られています。いわゆる「スタグフレーション」状態の懸念が強まっており、金融政策の運営もより一層の慎重さが求められています。
おわりに
トランプ政権の関税政策は、表面的には「アメリカのため」というスローガンのもとに実施されているように見えますが、その裏側には経済全体を揺るがす多大なコストとリスクが存在しています。短期的には国内製造業の活性化や雇用の保護といった成果が見込まれる一方で、中長期的には市場の不安定化、インフレ圧力、企業の競争力低下という副作用を招くことになりかねません。
とりわけ中小企業や消費者など、経済的に脆弱な層に対する影響が大きく、今後の経済政策においては、より多面的かつ持続可能なアプローチが求められることは間違いありません。米国経済は今、政治的なイデオロギーではなく、現実のデータと声に耳を傾けながら進路を定めるべき時に来ていると言えるでしょう。
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